含 真治 GON Shinji
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八海山原想
−いきものの形とは. 椎樹
−天かける舟
−いきものの形とは シイ・結晶
シイノキ
120×75×80㎝、120×50×35㎝、直径18㎝ 2019
 
木を彫ることを始めて間もなく半世紀になる。もとより、彫刻家になろうとも、なれるとも思っていなかった。生き方に窮しての思いつきであった。それがいつしか半世紀だ。
ひとえに木というものの持つ力、すなわち善・美が導いてくれたことと思う。
始めは素材としか見ていなかったが、自分の力量を超える木の力に逆にねじ伏せられ、必死で抵抗してもがいたあげくに、程良い均衡が得られる齢となった。木の齢に近づいたこともあるかもしれない。
数百種の木に向き会った後、木の持つ力、善・美が素直に受けとれ、身の内に入ってくるようになった。木の内に宿る形を彫り出すのみなんて、笑える言葉があるが、今、私は笑えなくなった。木の周りをぐるぐる巡って、やがて表れてくる形を彫っていく。木をよりその木らしく、そのまま見える形にしていく行為。人々が単に木と見ているものを、まさにこの木と言われる存在にしたい。静謐な木に饒舌に語らせたい。人の心を開かせる木の善・美を見える形にして、人々の前に置く。目をひらき、手をふれ、香をかぎ、人々が私と同様に木の力にひたされていくの見たい。私が半世紀生かされてきた力を共有できるはずと信じて、右手が不自由になり茶碗も箸も持てないが、この手は何故かまだ彫刻には使える。何者かに作れと言ってもらっていると思うのは老人力か……。

 

 

─ Breath of Sii-tree  ─
"八海山原想-いきもののかたちとは 木.結晶"
福生米軍ハウスアトリエの樹高13mシイノキの.魂送り.

三年前まで暮らした福生の米軍ハウスには、若いスダジイが先住していた。一緒した44年の間に浪板の穴から伸び上がり、枝分かれしながら大きな樹形を描いた。 この椎樹が解体で蹂躙 されるのを避け、私が引導を渡すことにした。月夜の花の香り、椎の実が屋根を転がる音、水辺に出かけるゴイサギの夜を貫く奇声、屋根上に青い卵の殻、カラスに奇襲された雀たちの叫喚、さまざまな記憶を辿りながら伐採を続けた。その生木を彫り、漆を塗り、変形した形を再度彫り直し、さまざまな形が現われた。今回の作品はその三年前から樹と対話した総仕上げでもある。

 

 

略歴

1946 長野県大町市に生まれる
1965 松本深志高校卒業、早大政経中退
1972〜74 美学校小畠廣志木彫刻工房
1974〜80 二紀展出品

 

主な個展とグループ展

1678〜 グループ展多数
1980〜 個展/ときわ画廊、村松画廊、紀伊国屋画廊、檜画廊、調布画廊などで40数回
1984 木彫原型ブロンズ像設置/JR福生駅東口ロータリー
1986〜 野外美術展に参加/86浜松中田島砂丘、名栗村、八ヶ岳自然植物園、北条海岸、館山市沖の島、横須賀市久里浜国立療養所、会津田島町八総鉱山後、藤野町休耕田、立川市歩道、羽村市郷土博物館、新宿ゴールデン街、桜ヶ丘原峰公園、他に多摩川河川敷、お台場公園、西新宿三角ビル広場、大町スキー場、木曽駒文化会館広場など
1988〜91 ”多摩川野外美術展"プロデユース/福生市河川敷公園、府中市河川敷一帯
1992、93 "夏アルプスwaミュージアム"プロデユース/'92 信州大町中山高原/’93 木曽駒高原
1994 "泉の小太郎"ブロンズ&花崗岩/大町市常盤地区泉に設置
1996、97 ”東京湾Trash Live”/お台場 (実行委員長)
1998 "Trash Live−ゴミと美術家達”/西新宿高層ビル街
2002 ”いのちのうけざら”/かわさきIBM市民文化ギャラリーNo.123
2004〜09 "昭島市制50周年記念リレー美術展”(プロデュース)
2005 "彫刻銀河 広場”/昭島市総合体育館中庭(プロデュース)
2013 "Atem von Bäumen”/ドイツ文化会館ORG
2017 ”Breath of Sii-tree”「情と形~四人のまなざし」/中国文化センター
2018 調布画廊、練馬美術館、善福寺川緑地、杉並区産業商工会館、多摩市桜ヶ丘コミュニティーセンター
2019 府中ドードー